平凡に訪れる朝に身を任せて、同じ日々を繰り返していた。
ママの朝ごはんを食べて、自分のポケモンと遊びまわって
その後は、オーキド研究所へ遊びにいって、アイツと話をする。
今日も、そんな1日になるんだろうと思っていた。

相変わらず彼の書斎は、書類で散乱していて
決して「綺麗」とは呼べない部屋だった。
パソコンの近くには必ずコーヒーがある、決まってブラックだ。
ブラックコーヒーが飲めない自分をいつもからかって
さっき笑っていたのが嘘の様に研究に戻る。

研究の邪魔にはなりたくない、と意地を張ってはいるものの
実際は構ってもらいたくてしょうがない自分が居る。
我侭を言えば迷惑がかかる、それは誰よりも理解しているつもり。
そんな事を考えているうちに、睡魔が襲ってきた。
重たい瞼に逆らえずに、目を閉じた。

しばらくして、研究が終わったのか、自分は彼に起こされた。
夕飯も出来ていたらしい、今日は一人だから、と食事を一緒にしようと
彼から誘ってきた、自分はママに電話して、一緒に食事をした。

「あ、雨だ」

自分が寝る前までは、雨の「あ」の字すら感じられなかったのに
今は、青空すら忘れてしまう程の雨空。
風も強くなってきたのか、戸をカタカタと揺らす。

「食事が終わったら、ポケモン達の小屋を見に行こう」
「そういえば、まだ修理途中の小屋があったよな」
「ああ、悪いが手伝ってくれないか」
「任せとけって、早く食べようぜ!ポケモン達が可哀想だからさ」

食事を済ませて、急いで小屋へ向かった。
少し強い風のせいか、少し屋根部分が脆くなっていた。

「脆くなってるな・・・よし、木材を取ってこよう」
「俺も手伝うよ」
「ありがとう、早く行こう」

修理をするための木材を運び出す作業の中で
雨風は更に勢いを増していった。
少し視界が悪い。

「サトシ、気をつけろよ・・・」
「ああ、分かってる」

最後の木材を運び出した瞬間だった
木材小屋が急に吹いた強い風に揺らされた。
その瞬間、中に入っている木材が、サトシ目掛けて降って来た。

「危ない!」
「・・・っあ」

頬に木材が掠る、血が零れた。
自分の上に、ずしり、と重たいものを感じる。
雨とは違う、生温いものが、ぽたぽたと降ってくる。

「・・・シ・・・ゲル・・・?」

声は返ってこない。
サトシは急いで起き上がり、シゲルの名前を呼ぶ。
返事が来ない代わりに、血が溢れ出してくる。
どんどん青ざめていく彼を見て、カタカタと身体が震えだす。

「い、急いで、れ、連絡・・・」

混乱した思考は、足を動かした。
研究所に戻り、電話をかける。
すぐに救急車が駆けつけ、シゲルは病院へ運ばれた。

だが、彼は二度と目を覚ます事はなかった。

「嘘だ・・・俺のせいで、シゲルが・・・嘘だ・・・」

力なく床に座り込んだ。
この状況は嘘に違いない。
そうだ嘘だ、嘘なんだ・・・と言い聞かせる度に
鼓動がどんどん早くなっていった。

「嘘だ・・・!!」


はっと、サトシを目を覚ました。
少しひんやりする、大量の汗をかいたらしい。

夢か・・・と胸を撫で下ろし、1階へ降りる。
今日も、ママの朝ごはんを食べて、ポケモンと遊んで
オーキド研究所へ行ってシゲルと話をするんだ。
多分この事を話したら「馬鹿だなぁ、僕が死ぬわけないだろう」って
笑い飛ばされるに違いない、きっと。

洗面所に行き、歯ブラシに歯磨き粉をつけ、口に入れる。
磨きながら、鏡を見た瞬間、サトシは凍りついた。
鏡に映る自分の頬に、傷がついていた。

「・・・えっ」

くわえていた歯ブラシを床に落とす。
夢だったのに、何故頬に傷がついているんだ。
戸惑いを隠せないサトシ。
カタカタとあの時と同じように身体が震え始めた。
自分でも驚くほど叫んだ瞬間、ママが駆けつけてきた。

「どうしたの、サトシ!」
「シゲルが死んだなんて嘘だよ・・・ね・・・」
「何をいっているの・・・、シゲルくんは1年前にもう・・・」
「・・・!」

サトシは、声にならないほどの痛みを頭に感じた。
その瞬間、ぷつんと意識が途切れたのだった。

「ハナコさん、サトシの様子はどうじゃ」
「1年前の記憶がこびり付いて離れないみたいです・・・」
「そうか・・・」
「今日もまた、1年前と同じ1日が、あの子の中で始まるんですね」

オーキドとハナコの会話が、風と共に流れていく。
抜け出せない記憶と生きている。
いつになったら、抜け出せるんだろう。

死んだなんて、嘘だって、言ってほしい―。


跡を自覚した朝(2009/08/16)