テーブルにぽつんと残るチーズケーキ。
無造作に置かれたフォーク。
これを食べるはずだった奴は、今居ない。

長い年月を重ねていると、楽しい事ばかりではなく
辛い事とか、あまり良くない事だって起こる。
それが今だ。

昼間にポケモンバトルを久々にして、僕が勝った。
少し悔しそうな顔をしながら、部屋に戻り
僕は彼の好きなケーキと紅茶を出した。
ケーキを切り分ける作業の時に、話をしていた。
さっきのバトルの事だ。
少し彼の気を障る事を言ってしまったらしく、出て行ってしまった。
―そして今に至る訳だ。

「ちょっと酷い事言い過ぎちゃった・・・かな」

僕は、何処かへ走っていった彼を追いかけようとせずに
此処で帰りを待つ事にしたのだった。


「別にあんなに言わなくたって、いいじゃん」

足元にある石ころを蹴った。
はあ、とため息をついて、さっきのバトルを思い返す。
確かにさっきはピカチュウや、他の仲間達に無茶をさせたかもしれない。
だから、自分が逃げ出す理由なんて無いんだけど。
きっと、本当の事を言われて、何も言い返せない自分が
凄く情けなくて、それと同時に怒りたい気分になったんだと思う。
怒った本人の所へ戻るのも、何だか恥ずかしい。
暫く町をぐるぐる歩く事にした。


「ピカチュウ!」
「ん」

彼のピカチュウが、僕を呼ぶ。
何事かと思い、ふと外を見ると、雨が降っていた。
・・・帰ってこないな。
家に帰ってるのか、それとも―・・・。

電話を取り、彼の自宅へ掛けるが誰も出ない。
帰っていない事を確信した。
僕は、傘を1本取り出し差した。
そしてもう1本取り出して、急いで外へ出た。


「あちゃー・・・雨だ・・・」

予想外の雨に驚きながらも、
雨に濡れるのも、今日は悪くないかもしれない、なんて
少し考えが変かもしれないけど、今はそう思う。
降りしきる雨の中、少し遅いペースで町を歩いていた。

「ピカチュウ達大丈夫かな」

雨は止むことを知らずに、ただただ降り続けていた。


「おーい、サトシー!」

家の周辺を探しても見つからない。
傘を彼が持っているとは考えにくい。
何も無かったらいいけど・・・。
雨は更に激しさを増し、視界を悪くしていく。
傘が邪魔だと感じ、折りたたむ。

「アイツ・・・あそこにいるのかな」


キィ・・・と音を立てる。
雨の公園には誰も居ない。
また、キィ・・・と音を立てる。
雨にかき消されていくブランコの音。

「謝るだけなのに、何で出来ないんだろう」

あの場所へ帰る事に、未だ気まずさを感じる自分が居た。
でもそろそろ戻らないと、きっと心配していると思う。
でも・・・。

「サトシ!」
「・・・シゲル!?」
「濡れてるじゃないか、ほら、傘だ」
「シゲル、傘あるのに何で」
「走ってると傘が邪魔なんだよ」

くだらない気持ちで、帰るのを渋っていた自分が情けなかった。
こんなに濡れてまで探してくれた彼が、とても温かくて
目頭が熱くなる。気付いたら、ぽろぽろと何かが出てきた。

「どうした?寒いのか?」
「・・・ちが・・・う」
「どうした?」
「ごめん・・・俺、俺・・・っ」

いいよ、の代わりに、濡れた身体を抱きしめた。

「僕も少し言い過ぎた、ごめん」
「何も・・・悪くない・・・っ」
「いや悪いよ。でもね、サトシ。帰りが遅いと心配だから」

っとそばに居ろ(2009/08/16)